FC2ブログ

福島・陸奥国一宮・馬場都々古別神社

↓クリックでブログランキングへの応援よろしくお願いします

人気ブログランキング


今日の神見大福



●前回紹介した八槻都々古別神社から電車で二駅離れた「馬場」にある一宮神社を紹介。

●八槻と馬場の二つの都々古別神社・・・どちらも国幣中社と一宮神社という位置づけ。何故こんな近距離で二つの一宮神社が出来たのか解説。

●この神社の宮司さん。独特な人でした(笑)




4月を迎え、世間では

「桜が咲いた」

「新年度がスタートした」

「40秒で支度しな!」

「えっ、先輩・・・これって研修の一環なんですよね?」

「そうだ!我が社はアットホームな雰囲気を売りにしていてねぇ。『裸の付き合い』というのを大切に・・・(以下、略)」

などと様々な言葉を用いて騒いでいますが、とっくに社会人になっている僕にとっては新年度を迎えても「新しい予算のスタートかぁ」としか思っていないわけ。


ただ、今年はちょっと違いましたね。

実は、僕は会社の独身寮に住んでいるんだけど(この歳で「独身」という辛さよ)、会社の規定で今年度末までに退寮しなければいけないわけ。


そろそろ新居を見つけないと


「オマエ デロ ハヤク」


という電報調のメールが人事部から来るかもしれない。


引っ越しか・・・


大学時代、大学院時代、今までの会社員生活全てで寮生活をしている僕。寮と言う建物の中で知り合いと一緒に暮らす生活に慣れた僕は、本当の一人暮らしを知らない。

つまり、僕はまだ本当の孤独という場面に出会ったことがない。

家の中で一人で生活とかウサギじゃなくても寂しさで死んじゃいそうだわ。だから、「早く結婚しろピックル」って先輩が何度も説教していたのね。よくわかりましたよ。

昔は「右手を妻と呼ぶ」とかふざけたこと言ってたけど、結婚ってこういうときに大事なのねと(ぇ



まず、敷金、礼金っていうシステムすら理解しているかどうか怪しい。

不動産屋に行ったら、


「こいつ何もわかってねぇよ・・・鴨にしてやるか」


とばかりに色んな金を請求されるかもしれない。敷金、礼金に加えて身代金とか請求されても疑問に思わないかもしれない。人質とか取られていないのに。



バブル期のB級ドラマに出てくるような立派な部屋はいらないので、せめてリビングとダイニングとキッチンがあって、東京23区内で、窓の外には東京タワーがあるような・・・そんでもって、隣にセクシーなお姉さんがいたら満足なんです。そんなに多くは求めませんよ僕は。


ところが!ところがですよ!人生初の「一人暮らし」を目指す僕に



東京の『家賃の高さ』というハードルが立ちはだかるんですよ。



なんでこんなに高いのかと!

一回、東京都の役人さんに原稿用紙100枚ぐらいにまとめて切手の裏をペロペロして封書にして僕に送ってほしいと思いますよ。

あっ、嘘!100枚は読めないから1枚ぐらいで・・・



23区内は諦めないとさすがに引っ越しできないなぁと現実見せつけられてしまって。

まぁ、青梅とか奥多摩とかどこでもいいですよ。隣の部屋に住んでいる人が華麗臭漂う美女じゃなくて、加齢臭漂うオッサンでも文句言いませんよ。

ただねぇ!これだけは言わせて!

これだけ妥協していい物件見つからなかったら



「物件見つからなかった。日本死ね!!」



ってブログに書き込みますよ。流行語大賞とかね・・・目指してやりますよ!!!(暴君)


さて、与太話はこれぐらいにして、「いい物件見つからないなぁ・・・」という方に最高のご利益を与えてくれる神様を祀っている神社が福島県にあります。

それが今回紹介する旧陸奥国一宮・馬場都々古別神社です。




1.基本情報


馬場都々古別神社(ばばつつこわけじんじゃ)

●所在地:福島県東白川郡棚倉町棚倉字馬場39
●主祭神:日本武尊、味耜高彦根命
●社格:式内社(名神大)・陸奥国一宮・旧国幣中社・別表神社
●創建:西暦807年頃(諸説あり)
●最寄り駅:JR水郡線「磐城棚倉」(徒歩10分)
●御朱印対応:あり(宮司宅で対応)

目次に戻る


2.アクセス



水郡線

馬場都々古別神社の最寄り駅はJR水郡線「磐城棚倉駅」(いわきたなくら)になります。ここから歩いて10分ぐらいの距離にあるのが今日紹介する神社。


前回紹介した「八槻都々古別神社」の最寄り駅である「近津駅」からは電車で二駅離れたところにある駅です。

(電車を使わなくても、八槻都々古別神社とは約5㎞しか離れていないので1時間かければ徒歩でも行くことができます。ちなみに僕は八槻都々古別神社から馬場都々古別神社までは徒歩で行きました。)


関連記事:八槻都々古別神社


あの「近津駅」がこんな感じでしたからね。

20171118_133350172.jpg

鉄柱をボンボンって地中に立てて作ったような簡素な駅で、電車から降り立った瞬間、驚き余って地井武男みたな渋い顔になったのは仕様。


磐城棚倉駅も近津駅みたいな簡素な駅なんだろうなと思ってたんだけど、いい意味で期待を裏切ってくれましたね。


見よ!この立派な駅舎を!

磐城棚倉駅


えっ?!どこが立派かって?!十分立派ですよ。近津駅からみたら、「文明開化の音がする」って素直に思いましたよ。どことなくほっとする駅舎。待合室が設けられているだけでも十分な進化。少なくとも僕の地元の駅と比べたら立派。


この磐城棚倉駅は福島県の棚倉町の町役場が近くにあるので、近津駅と比べると立派な駅舎になっているという訳。

ちなみに、近津駅の時も説明したけど、水郡線は一日に二桁行くかどうかの本数でしか運行されていない路線なので参拝する際は時刻表を確認することをお勧めしておきます。

目次に戻る


3.境内図



前回紹介した八槻都々古別神社と比べると境内は広く、一通り見ると20分はかかると思います。

馬場都々古別神社 境内図

後でも述べますが歴史ある建物がてんこ盛りなので見どころ満載。

目次に戻る


4.鳥居、手水舎


【一之鳥居】
棚倉町の町役場の近くにあるのがこの一之鳥居。石造りの明神鳥居。

20171118_120222072.jpg



右隣には社号碑があるんだけど、社号碑の「国幣中社」をセメントで塗りつぶしちゃっててなんだか残念な社号碑に・・・

20171118_120212042.jpg


せめて、周りの石の色と同じにするとかね・・・あると思うんですけどね。
なんとも中途半端な社号碑に(´;ω;`)



【二之鳥居】
一之鳥居から歩いて2分ぐらいの距離にあるのが二之鳥居。

20171118_115427543.jpg



石階段の中腹にあります。

20171118_115059134.jpg


この二之鳥居の右隣りにも社号碑があるんだけど、この社号碑の「国幣中社」もセメントで塗りつぶしちゃってるんですよね。

20171118_115139242.jpg


ここまで徹底しなくても・・・Σ(・□・;)
ここもちょっと残念な社号碑になっているのがね・・・


二之鳥居の手前には小さい橋が架かっていて、菊紋の彫刻が施されている品格ある造りになっているのが特徴。

20171118_115121804.jpg


ここからも、格式高い神社であることが伝わってきますね。




【手水舎】
二之鳥居をくぐって更に石階段を昇った先にあるのがこの手水舎。

20171118_114949143.jpg


そこまで大きくはないんだけど、歴史を感じる手水舎。普段は宮司さんがいないせいか、管理があまりされておらず、ちょっと乱雑な手水舎になっているのが残念。

20171118_114959173.jpg



あれ・・・さっきから「残念」しか言ってないぞ僕・・・


いや、ここからが凄いんですよ。

まだブラウザの右上にある「×」を押すのは早いですよ!(必死の懇願)


目次に戻る


5.社務所、随神門



【社務所】
手水舎の裏手にあるのがこちらの社務所。
昭和初期に建てられた歴史を感じる木造の社務所なんだけど、普段は無人です。

御朱印はここの社務所ではなく、先ほどの二之鳥居の手前にある宮司さんのお宅でもらうことになるので注意。

20171118_115015279.jpg



【随神門】
手水舎の手前にあるのがこちらの随神門。
江戸時代末期に造られた随神門が今でも現存しています。

20171118_114942278.jpg


細かい彫刻が施されていて、見るだけで感動。昔の人の仕事って細かいところまで「丁寧な仕事」を施しているじゃないですか。
こういう丁寧な仕事を見るだけでパワーをもらうんですよ。

最近、仕事場で目がどんよりと淀み、口からは涎が垂れ、上司に怒られる度に頬を一筋の涙が伝う。とてもじゃないが「丁寧な仕事」なんてしていないなと。僕が仕事をする意味とは何ぞやと。こういう歴史ある建築物を見るといつも思うんですよね。

神社巡りをしている理由の一つはこういう昔の人の仕事を見て、明日の活力を得ることですね。丁寧な仕事は時代を越えて、後世にも伝わるんです。

随神門には「陸奥国一宮」と書かれた扁額もあります。

20171118_114929314.jpg

この木造の扁額は山形県・鳥海山大物忌神社 蕨岡(わらびおか)口之宮の随神門のそれと同じ雰囲気だったのが僕としてはビックリ。

関連記事:鳥海山大物忌神社 蕨岡口之宮


【参道】
参拝したのは去年の11月中旬。
随神門をくぐった先の参道の様子がこちら。

20171118_114805226.jpg



石畳の参道に、赤朽葉から鬱金(うこん)の葉まで様々な色の紅葉があって、優美な光景を造っていました。
秋の冷たい空気を相まって、心の底から凛とした気持ちになれる感じ。

20171118_114754695.jpg


参拝客は僕以外に一人か二人ぐらい。落ち着いた時間が流れていて、都会の喧騒で疲れた心を癒してくれるかのよう。

前回の記事で『映画「もののけ姫」はエロい』とか書いていた荒んだ心も綺麗さっぱりに洗い流してくれそう・・・そんな感じがしますね(ぇ

目次に戻る


6.拝殿・本殿



【三之鳥居】
拝殿前に立つ木造の明神鳥居が三之鳥居。
ここからあからさまに空気が変わるかのような感覚にさせてくれる非常に歴史ある鳥居。

20171118_114010046.jpg




【拝殿】
拝殿は江戸時代中期に造られたもので、今でも綺麗に現存。

20171118_114057219.jpg


拝殿の左隣には明治時代に建てられた「神饌所」もあります。

20171118_114223090.jpg


よーく比較してみると、拝殿の方が雨風に長年晒されて木の色合いが薄くなっているように見えるので、確かに拝殿の方が歴史があるんだなと分かります。

20171118_114236853.jpg

20171118_114111767.jpg


「都々古和気神社」と書かれた扁額も掲げられていたけど、文字が識別困難なぐらい朽ちていました。歴史はあるんだけど、全体的に修復はあまりなされていない拝殿だという印象は受けます。

20171118_114124761.jpg




【本殿】
本殿は国の重要文化財に指定されています。
福島県内では33件目に指定された建物です。

20171118_114422199.jpg

20171118_114459878.jpg


建物自体は1594年に、この場所からちょっと離れた場所にある棚倉城跡に造営されたもので、1625年に現在の場所に移築されています。


つまり、造営されてから何と400年も経っているんですよ!


天下分け目の一戦から、明治維新を経て、太平洋戦争を経験し、僕の参拝に至るまでそこに雄大に建っていた本殿と考えると身が引き締まる思い。

東北地方では数少ない桃山時代の神社建築物が現存されていることから非常に貴重な建物とされています。

細かい彫刻はほとんど施されていない簡素な造り、建物の技法には桃山時代の要素が残っていて、桃山時代から江戸時代への転換期における建物を知る上でも貴重な建物。


この本殿で祀られているのは、八槻都々古別神社でも祀られていた

日本武尊(ヤマトタケル)

日本武尊




味耜高彦根命(アヂスキタカヒコネ)


日本武尊(ヤマトタケル)は兄の手足をもぎ取って投げ棄てた神様。


味耜高彦根命(アヂスキタカヒコネ)は知り合いの葬儀に出席したら



3_20180408151453971.jpg

「てめぇ!俺をおちょくっているのか!」

とばかりに葬儀場をボッコボコに壊した神様


どちらも、

「とんでもねぇ神様だな」

と思うんだけど、日本武尊(ヤマトタケル)は武神、味耜高彦根命(アヂスキタカヒコネ)は農業の神様、不動産の神様とされていて、どちらもこの地区では厚い崇敬を集めてきた神様です。


特に、味耜高彦根命(アヂスキタカヒコネ)は

「いい物件探してぇなーーー」

と僕みたいなお困りの人に対して、特にご利益のある神様だと思いますね。

ただ、葬儀場をボッコボコに壊した神様なので、いい物件が見つかったのに、地震とか起こってボッコボコに壊れてしまうんじゃないか・・・とかそんな心配をしてしまうのも事実。

そこんところは優しいと思っているんですよ、アヂスキタカ・・・あっ、舌噛んだ。

目次に戻る


7.神社解説



馬場都々古別神社の歴史は3つの段階に分けることが出来ます。


【1段階目:建鉾山に鉾を立てる】

この神社の歴史は日本神話随一の英雄である日本武尊(ヤマトタケル)が東国遠征の折に、この神社の近くにある都々古山(現在の建鉾山)に鉾を立てて味耜高彦根命(アヂスキタカヒコネ)を地主神として祀ったのが始まり。

建鉾山


前回紹介した八槻都々古別神社はこの都々古山(建鉾山)から日本武尊(ヤマトタケル)が矢を放って、その矢がついた場所に建てた神社だったので、最初の段階は馬場の都々古別神社も、八槻の都々古別神社も同じような由緒を持っていることになります。



【2段階目:現在の棚倉城跡地に社殿を建てる】

西暦807年に今度は征夷代将軍、坂上田村麻呂が東国遠征を行った際に、現在の棚倉城跡に社殿を造営し、日本武尊(ヤマトタケル)と味耜高彦根命(アヂスキタカヒコネ)を祀ったのが2段階目の歴史の始まり。この時建てた社殿から、現在の馬場都々古別神社の歴史が始まっています。

坂上田村麻呂


このことから、馬場の都々古別神社の創始年は、現在の棚倉城跡に社殿が造営された807年。

日本武尊(ヤマトタケル)の侵攻を受けて、その後坂上田村麻呂の侵攻を受けるとか・・・東北地方ボコボコじゃないか・・・

東北原産、東北育ちの僕はこれ書いててちょっと複雑な気持ちになったよ・・・( ノД`)



【3段階目:現在地に社殿を移す】

西暦1622年に棚倉藩藩主の丹羽長重が

丹波長重

「棚倉盆地の中央の場所が欲しいからちょっと退いてくれない?」


とばかりにゲットアウトを宣告して、社殿を現在の位置に強制的に移してしまいます。
元々社殿があった場所には棚倉城が築城されました。


ちなみに、この棚倉城は1868年の戊辰戦争で板垣退助率いる新政府軍の攻撃を受けて一日で落城するという悲劇を歩むことになります。

日本武尊(ヤマトタケル)⇒坂上田村麻呂⇒長州・薩摩・・・と攻撃受けてばっかりですよ東北地方は・・・

同じ東北人として、東京者(とうきょうもん)には負けられないですよ!(ンゴゴゴ)


社殿が移されてからは本殿が立て替えられることなく、昔の姿を現在でも遺しています。

ここまでの位置関係を地図で表すとこんな感じ

馬場都々古別神社


前回紹介した八槻の都々古別神社と、今回紹介してる馬場の都々古別神社とは祀っている神様は一緒で、建鉾山のエピソードを共にしていることから密接な繋がりがありますが、神社の遷座地や、坂上田村麻呂あたりの歴史から両社の歩みが異なることから、別々な神社と考えるのが普通ですね。



さて、そんな八槻都々古別神社と、馬場都々古別神社ですが、両社の仲がちょっとだけ悪くなったエピソードが明治時代にあります。

明治6年に馬場都々古別神社は明治政府が定めた「近代社格制度」で4番目の格式とされる「国幣中社」に列せられたんだけど、その時に八槻都々古別神社は無格の「郷社」という位置づけになってしまい、喧嘩勃発。


15.jpg

八槻「なんで、あいつら(馬場)が国幣中社で、俺たちが郷社なんだよ!認められねぇ」



74.jpg

馬場「まっ、これが格の違いってやつだよ。分かったかね?やっちゃん(八槻)。さっさと『都々古別』の看板も下ろして田舎にでも帰っちゃいなよ」




13_20180408151454c0e.jpg

八槻「歯ぁ食いしばれ!今からお前をぶん殴る!!」


この喧嘩は結構激しかったみたいで、見かねた明治政府が八槻の都々古別神社も国幣中社とすることで決着を見ます。このエピソードどっかで聞いたことあるなぁと思ったらあれだった。山形県の鳥海山大物忌神社。あそこもあんな感じだったなぁと。

関連記事:鳥海山大物忌神社 吹浦口之宮

明治政府が片方を贔屓(ひいき)しなければ喧嘩起こらないのに・・・何故か喧嘩を勃発させる裁定しかしていないなと思ったのは仕様。

目次に戻る


8.西郷頼母と都々古別神社の関係



西郷頼母(さいごうたのも)

西郷頼母


この名前を聞いてピンときた人は数年前にNHKで放映された大河ドラマ「八重の桜」の大ファンだと思います。


西郷頼母は大河ドラマ「八重の桜」で西田敏行が演じていた人で、幕末の会津藩家老です。

西郷頼母 西田


西郷というと、薩摩藩の人を思い浮かべると思うけど、西郷頼母は現在の福島県の会津藩の家臣であることに注意。

実は「釣りバカ日誌」などで知られる西田敏行さん。実は福島県の郡山市出身。東北復興の一環として制作された大河ドラマ「八重の桜」で会津藩家老の西郷頼母役を演じることは天命とも思ったらしいですよ。


さて、そんな西郷頼母ってどんな人?っていうと。

会津藩の家老として戊辰戦争の時に「白河口の戦い」で新政府軍相手に戦うんだけど惨敗。

その後、会津藩主のいる若松城に帰参する際に、新政府軍への恭順を藩主に勧めるも拒否されたことから幕府軍とともに函館まで落ち延びて戦い、最後は幕府軍の敗北に伴って捕虜になった人です。


その後、釈放されて明治8年にこの馬場都々古別神社の宮司になりました。


「八重の桜」で『ならぬことはならぬ』という会津藩の「什の掟」を何度も語っていた西郷頼母がまさかこの神社の宮司だったこともあったなんて驚きです。

神社の境内には、西郷頼母が宮司だった歴史についての解説文や会津藩の歴史、戊辰戦争などの解説文が至る所に掲げられてて、勉強になりました。歴史ファンは垂涎もののエピソードだと思うんですけどね。僕だけですかね?(笑)

目次に戻る


9.摂社・末社



八槻都々古別神社には多数の摂社・末社が存在しています。

それぞれの詳細は不明だったので、今回は名前と社殿の外観だけ紹介するに留めておきます。

【寅卯神社】

寅卯神社


【甲山天満宮】

甲山天満宮


【稲荷神社】

稲荷神社


【厳島神社】

厳島神社


【鹿島神社】

鹿島神社



【神明宮】

神明宮


【熊野神社】

熊野神社

目次に戻る


10.御朱印



御朱印は社務所ではなく、宮司さん宅でもらうことになります。

この宮司さん宅は二之鳥居の側にあるのですが、事前にネットで確認してみるとちょっと独特の宮司さんだと思いましたね。


ある口コミでは

御朱印を書いてもらった後、神主さんが色々語りはじめるのですが、神社とや神様とは関係ない話が続き、終いにはこの神社はもう駄目で潰れると言って、神様を侮辱しては、20分ぐらいして時間がないから帰りますと言ったら、二度とくるなと急に大声をあげました。


おいおいマジかよと・・・


これは御朱印もらうの難易度高いなと思ったんですよね。
ハムスターよりも小さい心臓しかもっていない僕は事前に宮司さん宅へ連絡。

参拝する日、時間をきちんと説明し、「えーっと、最後に要約しますと、●●日の○○時に参拝して、その後に御朱印をもらいにいくということですね」と納得されたようで。


この宮司さんの話し方が独特だなぁと思ったのは「要約すると」って言いながら全然要約していないところなんですよね(笑)ネットでの口コミ情報もあって・・・


かなりビクビクしていたのは仕様(笑)


御朱印もらったら1時間は話を聞かなきゃいけないのか・・・これは相当な覚悟がいるぞ・・・と思いながら御朱印をもらいにいったら・・・


あっさりもらえました(笑)


「最近は突然チャイムを押して御朱印をもらいに来る人が多いんだけど、君みたいに事前に連絡してくれると本当に助かるよ!」


と言われて、ネットの口コミで書かれているような事態は起こらなかったですね。見た目も強面の人を想像したんだけど、滅茶苦茶優しそうな宮司さんでした。


あれかな?日によって態度違うのかな?

そんなビクビクしながらもらった御朱印がこちら。

馬場都々古別神社 御朱印

いやぁ・・・もらう前にこんなにビクビクした御朱印は今回が初めてです。今後もないかも(笑)

目次に戻る


11.Googleマップ






今日のまとめ



●馬場の都々古別神社の歴史は日本武尊(ヤマトタケル)と坂上田村麻呂の東征の影響を受けている。

●八槻と馬場の二つの都々古別神社の歴史は日本武尊(ヤマトタケル)と建鉾山のエピソードでつながっている。

●ネットの口コミでは御朱印をもらう際に覚悟が必要と書いてあるが、事前の連絡を怠らなければ問題ないはず




次回の神見大福は?



●このブログを始めたきっかけはこの神社を紹介したかったから。

●福島県にある最高の一宮神社を紹介します。

●何もかもが最高レベル。何度も訪れたくなる、至高の神社。この神社を越える神社あるのかな?って今でも思っています。そんな神社を次回紹介。



来週土日は会社の職場旅行があるため、更新が難しいです。

次回更新は4月22日(日)の予定。

次回も読んでいただけると幸甚。

↓クリックでブログランキングへの応援よろしくお願いします。

人気ブログランキング

コメント

寮って年齢制限あるんだ・・・
いわくつき物件なら安くて一人じゃない。
自分は独り暮らし禁止令出されてる^^;

おおお、立派だ。もっと簡潔かと^^;
ここも時間注意なんだね。

残念なって言ってはならないですよ^^;

怖い仕事場に・・・(*´ω`)ノシ( ̄ー ̄;)なでなで

400年前のがそのまま現存とは・・・
凄い事です^^

とんでもない神様w
地震が来ると言われる東京にいるヒロリンさん。
ちゃんとお願いしましたか?

東北地方ボコボコにやられて・・・
良いとこあるはずだよ(*´ω`)ノシ( ̄ー ̄;)なでなで
おおう、喧嘩が^^;絵が面白いw

情緒安定なのか書き込みした人が何かしたのか、無事もらえてよかったね^^
ハムスターの心臓よりきっと大きいよw

ピックル

>曰さん

いつもコメントありがとうございます!!!

いやいや、いわくつきって(笑)
でも、僕は幽霊とかそういう類のものは信じていませんから。
そんなのはねぇ、大槻教授とかが黙ってないからね。

だから、幽霊とかで僕をビビらせようとかそんなのは通じませんからね(何


>ここも時間注意なんだね。

水郡線の駅は全部時間注意ですよ(笑)
快速とかもなければ、単線ですから。どこ行っても運行本数が少ない路線なんです。
でも!

超田舎の路線だけど、列車は近代的なんですよ。
滅茶苦茶綺麗だし、綺麗なトイレもついているんです。列車一両しかないのに(笑)


>とんでもない神様w
地震が来ると言われる東京にいるヒロリンさん。
ちゃんとお願いしましたか?

あぁ・・・そういう意味で言うと、実はこの神社では「恋人ほしい」とかしかお祈りしてませんでしたわ(笑)
そういうの聞き分けてくれそうにない神様なのに(ぉ


>情緒安定なのか書き込みした人が何かしたのか、無事もらえてよかったね^^
ハムスターの心臓よりきっと大きいよw

実はあの書き込み以外にも、「ここの宮司さんはヤバイ」って書いてあって、御朱印もらう前はドキドキでしたよ。
見た目は普通なんですけどね・・・
気に入らない人に大声出すような人には見えなかったんだけど。
人は見た目によらないって感じなのかもしれないです。
非公開コメント

ピックル

性別:あるよ

年齢:「ゆりかご」から「墓場」の間(30代)

血液型:輸血の時駆けつけてくれる人だけに教えますが、大体はソ連A型か、香港A型だよね。

鼻毛:たまにでしゃばる

体質:非暴力・非抵抗を貫いているせいか、いつもウイルスの侵攻を許してしまい風邪を引きやすい。怠惰なT細胞よ、大志を抱け。

憧れるシチュエーション:バブル期のB級恋愛映画のようなメロドラマ

将来の夢:爪を甘噛みするのが男性のたしなみとなっている世界の創造。

最近の悩み:心のEDにかかってるのか、常にローテンション(略してローション)

生産者:武骨なチチと、クレイジーマザー。どちらも東北原産。

趣味:映画鑑賞(年間200本は見る)。将棋(一応、弐段)

それと・・・本ブログで書かせていただく御朱印巡りです。最近は諸国一宮巡りにはまっています。


友達にはよく「馬」と言われます。
目上の人にはよく「鹿」と言われます。

縦に読めばなんと「馬鹿」の出来上がり。

以上ですが何か?


当ブログはリンクフリーです!!!
貼るのも剥がすのも自由ですが、粘着性が強いため、剥がすのは困難かと思われます
(*´∇`*)ホヘ~


あっ、後ブログランキングに参加しています。クリックでご協力お願いします。

人気ブログランキング

にほんブログ村 コレクションブログ 御朱印へ
にほんブログ村

ブロとも申請フォーム