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茨城・常陸国一宮・鹿島神宮

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今日の神見大福



●僕が住んでいる関東地方で、最強クラスの武神を祀っている神社をご紹介

●この神社の近くに本拠地を構えるJリーグチームは日本トップレベル。その強さの秘密はこの神社に関係あり?

●『絶対に負けられない戦い』の前に参拝をすると勝利をもたらしてくれる。ここまでヒント出したら関東在住の人は「あぁ、あの神社ね?」って気づいたかもしれないですね。




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ピックルの母校野球部が今年の甲子園に出場していました!!!


いやぁ・・・今年は打線が貧弱だったこともあって甲子園に行ける可能性は低いんじゃないかな?と思っていたんだけど、見事!母校が全国高等学校野球選手権の100回記念大会に出場。めでたい、めでたい!

母校野球部が出場を決めたその日、OB揃って東京で大騒ぎしていたのが昨日のことのように思い出します。


試合前、馥郁(ふくいく)たる初夏の風が、投手がいるピッチャープレートとバッターがいるホームベースの前を通り過ぎ、スタンドの観客席の間を抜ける。

そして、プレイボールの掛け声とともに、母校や地元高校の勝利を願って歓声が熱を帯び、風となり、球児達の力となる。

それが甲子園の魅力!


ちなみに僕の母校は初戦で負けてしまったので、「今年の夏がもう終わってしまった・・・」と落胆していたら、同じ東北地方の金足農業高校(秋田県代表)が、横浜高校を破り、近江高校を破り、日大三高まで破ってしまった。


この「金農フィーバー」は望外の喜びで、高校野球を決勝戦までワクワクしながら見たのは久しぶりだったんじゃないかと思うぐらいで。

でも、最終的に優勝したのは大阪の強豪・大阪桐蔭。

東北出身の僕としてはまたもや・・・「白河の関」が越えられなかった(東北勢初優勝ならず)ことに、ただただ悔しい気持ちでいっぱい。


僕の家の隣にある多摩川沿いを泣きながら走りたくなるぐらいの悔しさでいっぱい。

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金足農業のエース吉田選手。彼は本当に凄かったと思います。

初回から先制点を許し、4回裏の時点で6対1。大阪桐蔭5点のリード
プロ野球だったら巨人の高橋監督が東京ドームの天井を見上げ、茫然としているぐらいの点差。


更に5回裏にも点数が入り、何と12対1。大阪桐蔭11点のリード。
ここまで点差が広がってしまうと、プロ野球だったら阪神の金本監督が小動物でもかみ殺すかのような形相をしながらベンチを蹴りまくり、選手たちが六甲おろしで身体が冷え切ってしまったかのように血の気が引いているのをお目にかかれるぐらいの点差。


そんな絶望的な状況でも投げ続けようとする吉田投手を応援する甲子園の応援。それはアルプススタンドから、金足農業側の内野席に広がり、関西地方の人々をも動かして外野席まで「吉田コール」が広がる。もはや日本全国が「金足農業優勝」を願って応援していたといっても過言ではないかもしれません。


言うなれば、

アメリカの巨漢レスラーに空手チョップで立ち向かう力動山を応援する戦後直後の日本人

と言えば、あの試合を見なかった人にも当日の熱狂が伝わるんじゃないかと(ぇ



ちなみに、この試合の後にAbema TVで大阪桐蔭OBの人が

「にゃんこスターとか、スリムクラブみたいに準優勝の方が注目されちゃうんですかね?」

と、野球に1ナノも近づいていない残念なコメントを残していましたが、それも高校野球の愛嬌ってやつですかね?



さて、100回記念大会に相応しい熱狂の中で終わった今年の甲子園。僕の母校野球部が甲子園に出場決定した際にピックルは『ある神社』に参拝していたんです。

その『ある神社』とは、『絶対に負けられない戦い』の前に参拝をすると勝利をもたらしてくれるとされ、関東最強クラスの神様を祀っている神社。

茨城県にある常陸国一宮・鹿島神宮を今回はご紹介しようと思います。




1.基本情報



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鹿島神宮(かしまじんぐう)

●所在地:茨城県鹿嶋市宮中2306-1
●主祭神:武甕槌大神
●社格:式内社(名神大)・常陸国一宮・旧官幣大社・勅祭社・別表神社
●創建:紀元前660年
●最寄り駅:JR鹿島線「鹿島神宮駅」(徒歩10分)
●御朱印対応:あり

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2.アクセス



鹿島神宮へのアクセスは2通りあります。


①鉄道を利用した参拝方法

僕が鹿島神宮に行ったときに利用した方法はこの方法。

目指すべき駅はJR鹿島線「鹿島神宮駅」。

鹿島神宮に近い駅という実に分かりやすい駅名。「それ以外の目的で建てたんじゃないんだよ」ってヒシヒシと伝わってくる。

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ただ、そんな鹿島神宮に一番近い駅。実は、1時間に1本ぐらいしか電車は停まりません。


しかも!しかもだ!

Suicaが使えない!


関東地方で・・・しかも鹿島神宮近くの駅でSuicaが使えないなんて・・・割と難易度高めの試練を課すんですよこの駅。

もうこれ、JR東日本の失態だと思う。敢えてオブラートに包まず言おう。


「貴様らは鹿島神宮の神様が怖くないのか!」


と。関東最強クラスの武神に会いに駅を利用する参拝客に対して

「すみませーん。ここSuica使えないんですよー。という訳で成田駅までバックしてね(はーと)」

と言いたいんですかいと。


そんなことしたらねー、「Suicaでスイスイお買い物♪」って鼻歌歌いながら、人を撲殺するのに最適な鈍器を購入し、富山の米騒動を彷彿とさせる怒りの暴動を起こしますよ?いいですか?(ぇ

これ、本当に深刻な問題だと思う。Suica対応にしないと本当に不便。そんな駅(笑)



②高速バスを利用した参拝方法

鉄道よりも便利な参拝方法は高速バスを利用した方法です。

鹿島神宮 バス


なんせ、東京駅から鹿島神宮の表参道までバスでピュンと120分で行けるんだから。

先ほどの鹿島線の「鹿島神宮駅」からだと鹿島神宮まで徒歩10分なのに対し、高速バス「鹿島神宮前」のバス停からだったら徒歩1分も掛かりません。


しかも、東京駅からは1時間に3~4本もバスが出るんですよ。電車よりも本数が多い。

料金も片道1830円。ちなみに電車だと東京駅から鹿島神宮前駅まで片道1940円。なので、料金もバスの方が安い。東京駅から行く人は高速バスをお勧めしておきます。




さて、これら二つの方法のどちらかの方法を使って鹿島神宮に参拝するわけだけど、東京駅から行く場合、どんなに早く行っても朝7~8時ぐらいからの参拝になってしまうんですよね。

僕はブログで何度も言っているけど、人混みが大の苦手・・・ストロング・オブ苦手(英語の文法はこの際無視する)。

人混みとかに遭遇したら、飛行石の力を借りて「バルス!」って叫びたくなる。
天空の城とか関係ないのに。


出来れば朝4~5時ぐらいに参拝したい。朝一で参拝して、鹿島神宮を独占したい!これが僕の本音。


僕みたいに鹿島神宮の早朝参拝をしてみたいという人にお勧めなのが、鹿島神宮から徒歩3分の距離にある「ホテル がんけ」

見た目はちょっと古いホテルだったんだけど、意外にも内装はしっかりしていて、宿泊費は5000円程度とリーズナブル。
なんにせよ、鹿島神宮に一番近いホテルってのが売り。


ホテル がんけ



もう一度言おう、

「鹿島神宮に一番近いホテル」=「ホテル がんけ」

この方程式今度の期末テストで出るから覚えておいて。人生生きていくうえで全く関係ないとは思うけど(笑)


参拝前日はここに泊まって、朝4時ぐらいから参拝しようと思ったんだけど、鹿島神宮周辺にはこのホテル以外にも5軒ぐらいの宿泊施設があって、伊勢神宮みたいに早朝参拝する人が多いんじゃないかな?と思ったんですよね。


なので、ホテルのカウンターにいたおじいちゃんに

「鹿島神宮に朝4時から参拝する人って結構います?」

って天真爛漫な笑顔で聞いてみたら


「ん?そんな時間には人はいないと思いますよ」

とあっさり返されてしまいました(笑)。


そんな時間に参拝するのお前だけだよって。

お前はその歳でゲートボールにでも行くのかい?と暗に聞かれてそうな感じで(笑)



でも、一応気になったので、日の出の朝4時20分ぐらいに参拝してみた結果がこちら。

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うん、時代(時間)を先取りしすぎたようだ。


僕は「遂に鹿島神宮に来たぁ!」って興奮で、目で釘が打てるぐらいパッチリと起きてたんだけど、鹿島神宮はまだ目覚めていなかった・・・

朝誰もいない鹿島神宮に参拝したい人は朝5時ぐらいからでも全然間に合います。伊勢神宮と違って、鹿島神宮の朝は遅い!これ実体験。

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3.境内図



鹿島神宮は東京ドーム15個分の広大な土地を有しています。その中には透き通る湧き水で満たされている御手洗池や、獣臭満載の鹿園などもあって見どころ満載。

鹿島神宮 境内図

(↑クリックすると大きくなります)


ただ、拝殿で参拝するだけだったら境内に入って5分もあれば用を済ませられます。

というのも、境内図の右下にある大鳥居(二之鳥居)から拝殿まで本当に距離が短いんですよ。

9年前ぐらいに社会人になった時に鹿島の工場の研修で、同期と一緒に鹿島神宮を参拝したときはこのルートでしか行ってなんですよね。


鹿島神宮 境内図 2



あの時は信仰心とか皆無で。
「すべての事象は科学で説明できるはずだから神様とか関係ない」とか生意気なことばっかり言ってた。

むしろ、「俺が神だ」とか中二病を大いにこじらせた痛い発言とかしてた。

だから、9年前に鹿島神宮に参拝したときは

ただ単に友達についていきながら「ねぇ、とっとと終わらせて飲もうぜぇ」

(拝殿を前に)「あっ、ここで拍手すればいいわけね。えっ、お辞儀もするの?」

「えっと・・・おみくじ、おみくじ・・・あっ、巫女可愛い!!」

「奥?奥行っちゃうの?そんなとこ行ってどうすんだよ。それより、早く帰って飲もうよーーー」

もう、あの時の自分をぶん殴りたい・・・

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4.東西南北にある一之鳥居



鹿島神宮の一之鳥居。実は鹿島神宮の敷地を中心に、東西南北の周囲約5km圏内に4つもあります。

そして、その東西南北の一之鳥居の内側が鹿島神宮の神域とされています。


鹿島神宮 一之鳥居

↑グーグルマップを使って鹿島神宮の神域を見てみるとこんな感じ。鹿島港と比較するとその広大さが分かると思います。



周囲5㎞圏内が神域・・・くっ、広大過ぎてインテルのCPUが搭載されていない僕の頭じゃこの凄さを表現できる言葉が見つからない。

鳥居が鹿島神宮をMISIAの「つつみ込むように」みたいに立派にそびえ立っているんだけど、全部見るのは結構骨が折れる。特に車で参拝しない人にとっては一之鳥居を一つみるだけでも大変かもしれないです。



【一之鳥居(東)】

東方の一之鳥居は、Jリーグ・鹿島アントラーズの本拠地である「鹿島サッカースタジアム」の近くにある太平洋に面した「明石の浜」にあります。木造の明神鳥居。

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この「明石の浜」は鹿島神宮で祀られている武甕槌大神(タケミカズチノミコト)が、出雲で大国主命(オオクニヌシノミコト)と国譲りの話し合いを終えた後に、この東国の地に入るにあたって上陸した神聖な場所と伝えられています。

この東の一之鳥居の前には道しるべの石が立っていて、

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中央には、「鹿島大明神」
その左に「北いそはま」(磯浜)
右に「南てうし」(銚子)

と刻まれていました。恐らく、古い時代には水戸と銚子を結ぶ浜街道の分岐点だった可能性もあります。





【一之鳥居(西)】

西方の一之鳥居は大船津の北浦湖岸にあります。鋼鉄製の明神鳥居。

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この大船津は江戸時代から鹿島神宮参詣の玄関口となっていて、利根川を下ってこの地を訪れた人はここから鹿島神宮の境内を目指したらしい。


現在ある鳥居は二代目。初代の鳥居は1618年に徳川二代徳川秀忠が鹿島神宮の社殿と併せて奉納したものだったんだけど、昭和に入って


「川から参拝する奴なんてもういねぇよ」


とばっかりに陸上へ初代鳥居を移設。2012年に老朽化に伴って撤去した後、現在の場所に2013年に再建された鳥居が現在の鳥居です。

水底からの高さは18.5m、幅は22.5mで、水上鳥居があることで有名な広島県・厳島神社の鳥居(高さ16m)を越えて、日本国内では最大級の大きさを誇っています。





【一之鳥居(南)】

南方の一之鳥居は、東国三社(鹿島神宮、香取神宮、息栖神社)のうちの一つである息栖神社の一之鳥居を「南方の一之鳥居」としています。コンクリート造りの明神鳥居。

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要は人様の鳥居を勝手に拝借しているだけ・・・という見方も出来るんだけど、実は息栖神社は鹿島神宮の摂社ともされているので、感覚的には自分の子供の「所有物」を借用しているだけとも読み取れますね。


この南方の一之鳥居の両脇には「忍潮井(おしおい)」と呼ばれる2つの井戸が存在して、井戸はそれぞれ「男瓶」、「女瓶」という名の2つの土器から水が湧き出ているとされています。

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【一之鳥居(北)】

北方の一之鳥居は、2017年に再建されたもので、ネット上でこの鳥居を紹介している人はまだ少ないんじゃないかと。鋼鉄製の朱色の明神鳥居。

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鹿島神宮から約5㎞北方にある戸隠神社に隣接する形で建っています。

この鳥居の周辺は「神戸(こうど)地区」と言われていて、鹿島神宮の玄関口という意味が地名にも残っています。



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5.二之鳥居、手水舎、楼門



【二之鳥居】

ほとんどの参拝客がくぐる鳥居はこの二之鳥居だと思います。

別名:大鳥居。木造の明神鳥居。

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2011年までは石造りの鳥居だったんだけど、その年に発生した東日本大震災の大きな揺れで根本からポッキリと折れてしまったらしい。

現在建っている二之鳥居は鹿島神宮内の4本の杉を用いて2014年に再建したものです。柱材となった杉の樹齢は約500年。


悠久過ぎて驚きの感情しか出ない(笑)



二之鳥居をくぐると深い社叢(しゃそう)に覆われた神気溢れる参道。

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朝5時ぐらいに参拝すると、休日でも誰もいない鹿島神宮を拝めます。

誠に神秘的な光景。この時点で失禁するぐらいの情景的感動を味わえる。失禁とか断じてしないけど。



【手水舎】

二之鳥居をくぐって参道をしばらく歩くと見えてくるのがこの手水舎。
大きな神社と比して、小ぶりな手水舎でした。

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【楼門】

手水舎で禊をすると見えてくるのがこの楼門(ろうもん)

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この楼門は1634年に水戸藩の初代藩主:徳川頼房によって奉納されたもので、福岡県の筥崎宮(はこざきぐう)、熊本県の阿蘇神社と共に日本三大楼門の一つとされ、重要文化財にも指定されています。

※阿蘇神社の楼門は2016年の熊本地震で全壊。2022年を目途に再建が完了する予定。



楼門の両側には弓を持つ随身像も存在。

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更に、裏手に廻って楼門の左右両側を見てみると、この謎のオブジェ。

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このオブジェの中で、『稲妻』は雷神としても知られ、鹿島神宮で祀られている武甕槌大神を、『赤い点』は太陽神として知られる天照大神を表していています。



ちなみに、楼門の扁額(へんがく)の字は日露戦争の日本海海戦で連合艦隊を指揮した東郷平八郎によるもの。

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以前参拝した千葉県:安房神社の社号碑の字も東郷平八郎が書いたもの。

このように、関東では至る所で東郷平八郎の字を拝むことが出来るんですよね。鹿島神宮も例外ではありませんでした。

関連記事:安房神社

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6. 拝殿・本殿・御祭神



【拝殿】

先ほどの楼門から境内を見てみても、あれ?拝殿が・・・ない?

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と思ったら、90°右に曲がった方向にあった(笑)。

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この拝殿は本殿と共に1619年に徳川二代:徳川秀忠の奉納によるもので、豪華な造りの本殿とは対照的に、質素な素木(しらき)造りによる社殿で重要文化財にもなっています。




【本殿】

拝殿の奥にあるのがこちらの本殿。三間社流造、檜皮葺。

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ふぉぉぉぉぉ!なんじゃこの豪華絢爛な本殿は!


これぞ神社の魅力。The 神社である!


衝撃。ファーストインパクト@my heart

随所に荘厳華麗な桃山建築の特徴を見て取れます。

日本が誇る一種の芸術作品といっても過言ではない。
朝食も食べずに朝5時からストイックに参拝したピックル(僕)が心の底から感動した瞬間ですよ。

今、PCの画面でこの本殿の写真を横において、ワードで原稿をパチパチと入力していても感動しているもん。
完全に心奪われている・・・この鹿島神宮の本殿に。

ルパン三世の銭形警部じゃなくても「やつはとんでもないものを盗んでいきました」っていうレベルだよこれ。



更に、本殿の後ろには樹齢1200年ともいわれる巨大な御神木が鎮座。

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樹高は40m以上、幹回りは9m以上ある非常に大きな杉の木で、巨木が多数ある境内の中でも、最大の大きさを誇っています。

何もかもが凄すぎて僕の語彙力じゃこの魅力を十分に伝えられない(笑)




【御祭神】

鹿島神宮の本殿で祀られている神様は


武甕槌大神(タケミカズチノミコト)

タケミカノヅチ



見慣れない「甕」という漢字は『みか』と読む漢字で主に酒を醸造するのに用いる大きなかめのこと言います。
以後、お見知りおきを


さて、この武甕槌大神(タケミカズチノミコト)は

日本神話屈指の武神

として知られています。この神様のエピソードは生まれたときからかなり濃い目(笑)



まずは、この神様の誕生秘話から説明してみたいと思います。


日本国土を作った夫婦の妻の方として知られているイザナミ

イザナミ


このイザナミは火の神であるカグツチを産んだ時、出産時に陰部を大やけどしてしまい、その火傷が元で亡くなってしまいます。


これに激怒したのが夫のイザナギ。

イザナギ


イザナギ「てめぇ!!!俺のイザナミに何しやがったぁぁぁぁ!!!」


とばかりに生まれたばかりの自分たちの子供(カグツチ)の首を切り落として殺害。その際に剣の先から滴り落ちたカグツチの血液から生まれたのが武甕槌大神なんです。

血が滴る剣



いやぁ・・・どこから突っ込んでいいのか分からないぐらいのグロっぷり(笑)

現代社会だったら、BBCとか通じてグローバルに報道されるぐらいの凶悪事件であることは言うまでもない(笑)

そんなクレイジーな生まれ方をした武甕槌大神。



その後、イザナギから生まれた天照大神の命令で、今の出雲地方の国に出向き



①この地を平定していた大国主(オオクニヌシ)を前に、波の上に剣を突き立てて、その切っ先の上に胡坐をかいた状態で

「んで、どうすんの?お前。素直に降伏認める?」

と迫ったり



②大国主の子供にあたる建御名方神(タケミナカタノカミ)をボッコボコにして諏訪の地に追いったり

建御名方神



このようなジャイアン気質の行動をとった結果、大国主から領土を取り上げる『国譲り』に成功しています。

国譲り




もうね・・・カグツチを殺した際のイザナギの怒りがそのまま乗り移ったんじゃないかってぐらい暴力に訴える神様だなぁというのが僕の素直な感想(笑)



更には、初代天皇である神武天皇が東征の際に、毒気によって神武軍全軍の士気が下がっているときに自身が使っていた霊剣を授けたところ、剣を振るうまでもなく東征に成功。現在までつながる日本の国の骨格が出来たことが日本神話で書かれています。

神武天皇



武甕槌大神「俺が出るまでもない、俺が使った剣で十分」

ってどんだけ強いんだと(笑)。

ドラクエで言ったら「ひのき棒」で奮戦していた勇者ロトが「勇者の剣」を授かって竜王に立ち向かうことが出来たって感覚。



こんなエピソードがてんこ盛りな神様なので、関東に拠点を置いた中臣氏(後の藤原氏)から信仰を集め、鎌倉幕府を開いた源頼朝や、足利尊氏など、多くの武将からも崇められていました。

日本という国の基礎を築いたといっても過言ではなく、神代の時代から現代まで、多くの人々から崇拝されている大変凄い神様です。



さて、この武甕槌大神は、剣の先から滴り落ちた血液から生まれたり、強力な剣でもって神武天皇を助けたエピソードから一般的には

武神、剣神

とされていて、現在も剣道道場には武甕槌大神の神像が飾られているところも多いです。



また、鹿島神宮が海に面した地にあることから、漁や海上交通の安全を守る神様としても知られています。


御神徳としては

剣術、大漁、海上安全、災難除き、縁結び、勝負事での勝利

が挙げられるらしいんだけど、ジャイアン気質のこの神様のどこに「縁結び」の要素があるのか非常に気になるところだ(笑)

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7. 神社解説



鹿島神宮は初代天皇神武天皇即位の年、つまり紀元前660年(皇紀元年)に国土平定のために尽力した武甕槌大神を鹿島の地に祀ったのが始まりです。

今年は皇紀で表すと2673年。この皇紀の年数分、鹿島神宮が存在していたことになります。



でも、何故鹿島の土地に祀ったのか?それには鹿島神宮の近くを流れている利根川が大いに関係しています。

利根川


大水上山に源を発する利根川は、「坂東太郎」の異名からうかがえるように、古くから関東地方の大動脈として機能していました。

また、利根川の流れに乗って太平洋に出るか、あるいは遡上(そじょう)して進むかを選択できる利根川の河口一帯は古代から関東における水運の中心とされてきました。


利根川を制して初めて、関東に覇を唱えることが出来る。


そういった場所だからこそ、日本神話最強クラスの武神である武甕槌大神を祀るにふさわしいとみなされました。


また、鹿島神宮は現在の茨城県にあたる旧常陸国の一宮という位置づけでもあり、関東最古の神社でもあり、全国に点在する鹿島神社の総本社という位置づけでもあります。

古くから天皇や貴族の崇敬を集めてきた鹿島神宮は、平安時代の927年には「延喜式」で『神宮』の称号を得ています。

当時、『神宮』という称号は、三重県の「伊勢神宮」の他にはここ「鹿島神宮」と、ここから約10㎞離れたところにある「香取神宮」の三社のみに与えられた称号。

このことからも鹿島神宮が格式という点で他の神社とは一線を画していたことが分かります。


伊勢神宮 内宮

(「神宮」の称号の元となっている伊勢神宮(内宮))



その後、武士の時代になると鎌倉幕府や室町幕府、戦国大名などから崇敬を受け、江戸時代には幕府の庇護を受け続けてきました。

当時、江戸後期になると庶民の参詣も増加。当時、庶民の間では名所めぐりが流行していて、鹿島神宮もその一つとして人気を博していました。

人々は鹿島神宮の近くを流れている利根川を上流から下って鹿島神宮を詣でたとされるぐらい、関東を代表する神社ともいえます。

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8.鹿島神宮の有名スポット「要石」



2011年3月に東北地方を中心として発生した東日本大震災では鹿島神宮がある茨城県でも震度5を超す大きな揺れを観測し、甚大な被害が起こりました。

そんな地震大国日本は古来より地震を抑えようとする様々な試みが行われてきた国でもあります。


江戸の庶民の間では


地震は地中の大鯰(おおなまず)が暴れて引き起こされる


と信じられていました。


鹿島神宮でも、地震が起きないようにと、大鯰を地中奥深くに押さえ込んでいるとされる

「要石」(かなめいし)

がこの鹿島神宮と、ここから約10㎞離れたところにある香取神宮にあります。



鹿島神宮で祀られている武甕槌大神は、この地で地震が頻発していたことから、地中深くに石棒を差し込んで、この地の地下深くに生息する大鯰の頭と尻尾を抑えて地震を抑えたとされていて、このときの石棒が「要石」として現在でも鹿島神宮で見ることが出来るわけ。



ちなみに、大鯰の頭の部分を鹿島神宮の「要石」が、尻尾の部分を香取神宮の「要石」が抑えているということなので、グーグルマップを使ってイメージしてみた図がこんな感じ。


要石と鯰


割と凄い光景になっちゃったわ(笑)

(なまずのイラストをパワーポイントで作るのは本当にしんどかった)



シン・ゴジラとかが可愛く見えちゃうぐらいの衝撃映像。

鹿島港とかすっぽり入ってしまうぐらいの超ビッグなまず。

こんなんが地下深くにいる関東地方・・・どうかしてるぞ(笑)


こんな大鯰の活動を抑えるぐらいの石・・・どんな大きさなんだろう?見る前から期待度マックス。

ピックルの想像では高さ数十m



境内奥にある「要石」に通じる参道には武甕槌大神が大鯰の頭に剣を突き刺して地震を抑えている様子を伝える石像があります。

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この石像からも並々ならぬ光景が広がっているんだろうなと思ってみてみた。

参道を一歩、一歩進むたびに心臓が早鐘のように脈打っているのが分かった。それほどの期待。





さぁ!これがかの有名な「要石」でございます!!


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は?


・・・・

・・・・

えぇっと・・・・

「高橋しょうこ」の陥没乳首かな?これ

※「高橋しょうこ」が分からない人は家族がいないところでググってみよう。




鹿島港がすっぽり収まるぐらいの大鯰を抑える石が・・・これ?


いやいや、戦闘力不足でしょこれ


華奢な少女(代表例:風の谷のナウシカ)が天よ轟け地よ叫べと怒り狂っている王蟲(おうむ)の群れの中で孤軍奮闘するぐらいの圧倒的兵力差ですよこれ。



このサイズの石・・・僕の実家(東北地方)にあった漬物石よりも小さい。

こんなんで大鯰を抑えてる?

終戦直前の日本でさえもそれなりに戦力揃えていた状況でこれはないでしょうよ。


でも、ご安心あれ。高橋しょうこの陥没乳首にも似たこの要石は大部分が地中に埋まっているだけで、地表には石の先端がほんのちょぴっと出ているだけなんだとか。




その昔、常陸水戸藩の二代目藩主:徳川光圀が1664年に



「地中に大部分が埋まっているんだったら、どれぐらい大きな石か拝んでやろうじゃないか」


とばかりに、部下に命じて要石の周りを掘らせたんだけど、日が沈んで中断すると、朝までの間に埋まってしまった。そのようなことが2日続いた後、次は昼夜続けて7日7晩掘り続けたのに底には達しなかった。



それぐらい大きい石とされているんですよね。

まぁ、あれだけデカい大鯰を抑えているぐらいなんだから、そのぐらいの戦闘力は必要だろう(笑)

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9.地震を引き起こすとされる生き物が何故鯰なのか



ここで、鹿島神宮とはあまり関係のない考察を一つ。

先ほども述べたけど、古来日本人の間では地中に大きな鯰(なまず)がいて、それが暴れることによって地震が引き起こされるとされてきました。

故に、鹿島神宮ではその大鯰の頭を押さえる「要石」が存在いていたし、大鯰を抑えたり、ご機嫌を取ったりする様々な神事もあります。



ただ、ここでちょっと気になったことがある。


なんで鯰なの?


今じゃ、鯰が暴れて地震が発生するなんていったら、大晦日の「笑ってはいけない○○」シリーズに出演させられた挙句、お笑い芸人向けの笑いネタとして全国区で末代までの恥をさらすレベル。



でも、昔の日本人の間ではこんな感じで、鯰が虐待され続けてきた。


大鯰

「国の法律が全力でお前(なまず)を殺せっていってんだよぉーーー!」
「兄貴!やっちゃっていいっすか?やっちゃっていいっすか?」




大鯰2

「鬼は―外!福は―内!」




大鯰3

「ルパン三世から変装術でも教わったか?だが人類の前では無駄な努力だったなぁ」




鯰バーガー

「積年の恨みを晴らす手段はただ一つ。お前を食すことだ!」



これを見てて思う・・・

なまずが可哀そうだーーー!



なまずが地震を引き起こすというデマが広がったのはどうやら江戸初期のころだったらしく、地震の前に鯰が騒ぎ出すという光景が何度も目撃された結果、

鯰(なまず)が暴れる⇒地震が発生する

という図式が生まれちゃったんだとか。


1912年に発生した関東大震災の後、東北大学(旧東北帝国大学)の研究所で、なまずと地震の関連性について調べた結果、地電流にV字型の変化が現れた時、なまずが反応して騒ぎ出したという記録があるらしく、江戸初期に人々が見た現象はこれだったんじゃないかと今では考えられています。


つまり!つまりだ!


なまずは地震の予知を行っていただけであって、地震を引き起こしていたわけじゃない


ということになるわけ。

それを知ってか知らずか、鹿島神宮で祀られている武甕槌大神ですら、こんな感じで鯰を虐待しているんです。



鹿島神宮 要石 剣

武甕槌大神「ちょっくら朝のジョギングがてらこいつを締めておいたわ」
庶民「さすが、俺たちの武甕槌大神様」

こう考えると、要石・・・かなり業が深いぞ(笑)

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10.鹿島神宮のもう一つの有名スポット「鹿園」



鹿島神宮の拝殿で参拝を終えて、更に参道を奥に進むと「奥参道」と呼ばれる深い社叢(しゃそう)に囲まれた神秘的な土の道を通ることになります。

ここの空気は非常に精錬されてて、鼻腔から肺に空気を入れるとそれだけで力が漲ってきそうなぐらい。
朝早く行けば奥参道ですら誰もおらず、一人でこの綺麗な空気を味わえることが出来ます。

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そんな奥参道をしばらく歩くと見えてくるのがこの「鹿園」です。

朝早かったせいか思い切り寝てらっしゃる(笑)。

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鹿島神宮は、その社名からもわかる通り鹿を神の使いとしています。

これは「古事記」のエピソードに由来していて、天照大神が、鹿島神宮で祀られている武甕槌大神に対して、天迦久神(あめのかくのかみ)を使って「『国譲り』成功のために尽力せよ」と伝令されたことが元となっているらしい。

天照大神の伝言を仰せつかった天迦久神(あめのかくのかみ)の名前の一部「カク」が「鹿児(かこ)」。すなわち、鹿に由来していることから、鹿島神宮は鹿を神の使いとしています。

現在では奈良の春日大社などからいただいた約30頭あまりの鹿がこの「鹿園」にいるんだとか。




ただ、訪問したとき空腹状態のピックルの頭に去来した考えは


腹減った ⇒ 鹿 ⇒ 鹿料理 ⇒ 鹿鍋


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そうだ!鹿鍋!悪くない!

という考えだけで(笑)



それを察知したのか、鹿が僕のところからさっと離れていく。くそっ、危機管理能力の高い動物だ。日大レベルの危機管理能力だったら今頃僕の腹の中に収まっていただろうに(ぇ

このように鹿島神宮と鹿は密接な関係にあることから、鹿島神宮のある鹿島市を本拠地とするJリーグの強豪チーム「鹿島アントラーズ」のエンブレムも鹿を起用しています。

鹿島アントラーズ


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11.その他の見どころスポット



【御手洗池】

鹿島神宮の境内奥にある、1日に40万リットル以上もの湧き水で出来た池です。

ここの池の水は非常に綺麗で、池の中で泳いでいる魚もはっきりと見えるほど。


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かつてはこの池のある近くが表参道になっていて、参拝客はここで禊を行ってから参拝していました。



【仮殿】

拝殿から参道を挟んで反対側にあるのがこの「仮殿」と呼ばれる建物です。

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この建物は、本殿を修理するときなどに一時的に神様を移す社殿として建てられたもので、国の重要文化材に指定されています。



【鏡石】

本殿裏にある直径80㎝ほどの円形の石。本殿と御神木を結ぶ一直線上にあり、古代信仰の形を伝える岩境(いわさか)の一種とも伝えられています。

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12.御朱印



御朱印は楼門をくぐって左手側にある「授与所」で頂くことが出来ます。

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初穂料は300円。


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この授与所では後日紹介する「奥宮」の御朱印もいただくことが出来ます。

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13.摂末社



鹿島神宮の摂末社は境内、境外合わせて23社もあるため、次回まとめて紹介します。

鹿島神宮の摂末社の情報をチェックしてみたい方は、こちらの記事を確認してみてください。

関連記事:鹿島神宮 摂末社

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14.Googleマップ





今日のまとめ



●鹿島神宮は関東最古かつ最大の神社

●御祭神である武甕槌大神(タケミカズチノミコト)は日本最強クラスの武神とされており、誕生からその後の活躍まで濃いめのエピソード(笑)

●鹿島神宮の有名スポットの一つである「要石」はシンガポールの「マーライオン」に匹敵する『見た目がっかりスポット』と言えるかもしれない。




次回の神見大福は?



●次回は鹿島神宮の摂末社を紹介します。

●ピックルが体力の限りを振り絞って境内、境外全ての摂末社を参拝。その努力の結晶を満を持して解説。

●数多くある境外摂末社の参拝方法も紹介予定。



次回も読んでいただけると幸甚。

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コメント

しまきち

地元です!
ピックルさん!いつも見てます!
鹿島神宮は地元なんです!でも知らないこともあって、続きも楽しみです。
子供のころはもっと森がうっそうと深かったのですが、
すっかり明るくひらけてしまってちょっと寂しく思っていたのですが、
まだまだ知らなかったこともあるのを知って嬉しいです

鹿島っ子は「鹿島文化財かるた」で地元のことを学びます。
「いのいちばんにかしまじんぐう」
「えのきのしたにてんぐのおはか」
「おにづかにおにのくび」
「かったいばしでみずかがみ」……
なんだか鹿島はまだまだ闇が深い気もします。

ピックル

>しまきちさん
初コメ!ありがとうございます。
感謝感激です。

普段、クールに装っていますがこれだけ下調べしてコメントつかないときは
「むきゃーーーー!」
って発狂したくなることもしばしば(笑)

なので、コメントは超嬉しいです。

(記事をアップしたのが土曜日だったので、3日間発狂しまくってましたよ本当に(笑))

次回の記事は摂末社だけの内容なので、ちょっとつまらなくなるかもしれませんが、もし地元の方でしたら
「えぇ?!そんなところに鹿島神社の摂末社が?!」とビックリされるかもしれません。

鹿島神宮の境内は大道路で分断されていて、大通りをはさんで東側にも広大な森があったはずです。あそこには何があるのか気になるところではあるんですけど・・・

ちなみに、「鹿島文化財かるた」の「えのきのしたにてんぐのおはか」が非常に気になります(笑)

たぶん何個か自分が下ですね。年上の方募集でしたか。しょぼん(´・ω・`)

鹿島神宮の駅、スイカ使えないとは・・・行くとしたら高速バスで行こう・・・少し安いしw
九年前のヒロリンさん代わりに殴っておきます( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン

朝四時暗いw神も「早すぎる、まだ準備中だ」と言ってそうw

イザナミさんのお腹にいる時何故大丈夫だったんだろう^^;
この後イザナギさんは黄泉の世界へ行く話だったような?
暴力的過ぎて大国主も困ったんだろうなぁ^^;

ナマズのイラストが可愛くて笑ってしまいましたw
可愛すぎるですw
要石・・・ずっとあの細さだったら・・・^^;
ナマズの虐げられるレベルが^^;
食べれるのだろうか・・・?^^;

鹿見るたび食べようとw
鹿の危機察知能力高いw

今回もツッコミどころが多く、楽しく日本神話を知れて面白かったです^^
笑い過ぎたですw

ピックル

>曰さん
コメントありがとうございます!!

9年前の僕は結構荒ぶっていたので、返り討ちにしてやりますよ(ぇ
まずは、遺言を準備しておくことですな(えぇ?!

>>朝四時暗いw神も「早すぎる、まだ準備中だ」と言ってそうw

確かにwww「昨日、俺酒飲んでんだよ。今、お前の相手してられねぇよ」っていってそうな雰囲気でしたwww


>>イザナミさんのお腹にいる時何故大丈夫だったんだろう^^;

理系チックな話をすると。
物が燃えるってのは三つの要素が必要で、
①可燃物であるかどうか、②点火源があるかどうか、③酸素があるかどうか(酸素供給体があるかどうかも含む)
の3つが必要っていわれているんですよね。僕が察するに、カグツチが生まれる前は、点火源と、酸素がなかったから燃焼しなかったと推定。

生まれたときに、陰部との摩擦で着火→外部には酸素があるため、一気に燃え広がったと推定すれば意外にも納得いく光景なんですよwww

>>ナマズのイラストが可愛くて笑ってしまいましたw
可愛すぎるですw

これねぇ・・・手書きでは出来ないし(結局、PC上で切り取る作業があるし)、イラストソフトが僕のPCに入っていないしで・・・パワーポイント使って描いたんですよ。
最初はうまくいかなくて・・・でも、最後は意地でしたね!意地!
結局30分ぐらい格闘したのは仕様ですwww

イラストソフトと、絵を描くタッチパットみたいなのがあれば5分ぐらいで出来そうなイラストなんですけどね・・・

しまきち

えのきのしたにてんぐのおはか
ピックルさんコメントありがとうございます。
ホントに子供のころは何も考えずカルタ取りしてたので、
いまなら「その取り札の裏を見ろ!書いてある札の意味を見てみろ!」と
殴ってやりたいです。
「えのきのしたに…」は気になったので検索してみたら、
どうやら天狗党(水戸藩の)のお墓がどこかにあるらしいです。

水郡線めぐりをした時にもとても参考になりました。
ほかの神社の記事も楽しみにしています!
佐渡とか雄山神社とか早く書いてほしいです。ではまた!

ピックル

>しまきちさん
コメントありがとうございます!

「えのきのしたにてんぐのおはか」は僕も気になったんで調べてみたら、鹿島の地に天狗党の方々のお墓が榎(えのき)の木の近くにあるというとこからきているみたいですね。
23人もの墓があるというのがビックリです。

水郡線巡りの時の記事ですと都々古別神社の記事ですかね?
個人的にあの記事は写真が暗いという欠点が気に入らなくて、今年の秋の紅葉の時期にまた再訪問しようと思っています。やっぱり晴れの日に行かないといい写真が撮れない・・・

他の神社の紹介記事ですが、少々お待ちいただけると幸甚です。
今週の土日はこれから仙台で塩釜神社に参拝予定。9月の最初の三連休は対馬・壱岐の一宮参拝。2回目の三連休は友達と静岡旅行・・・などなど遠出三昧でPCの前に座る機会がほとんどなくてですね・・・

10月になると七五三やら祭事が多くなって僕の嫌いな「多くの人であふれる神社」となってしまうので、僕の中では9月までに多くの神社を参拝したいっていう考えがあります。
更新が滞りがちですが、10月以降ですと日が短くなりますし、神社参拝の機会も少なくなるのでまた毎週更新もできるんじゃないかと。

よろしくお願いします。
非公開コメント

ピックル

性別:あるよ

年齢:「ゆりかご」から「墓場」の間(30代)

血液型:輸血の時駆けつけてくれる人だけに教えますが、大体はソ連A型か、香港A型だよね。

鼻毛:たまにでしゃばる

体質:非暴力・非抵抗を貫いているせいか、いつもウイルスの侵攻を許してしまい風邪を引きやすい。怠惰なT細胞よ、大志を抱け。

憧れるシチュエーション:バブル期のB級恋愛映画のようなメロドラマ

将来の夢:爪を甘噛みするのが男性のたしなみとなっている世界の創造。

最近の悩み:心のEDにかかってるのか、常にローテンション(略してローション)

生産者:武骨なチチと、クレイジーマザー。どちらも東北原産。

趣味:映画鑑賞(年間200本は見る)。将棋(一応、弐段)

それと・・・本ブログで書かせていただく御朱印巡りです。最近は諸国一宮巡りにはまっています。


友達にはよく「馬」と言われます。
目上の人にはよく「鹿」と言われます。

縦に読めばなんと「馬鹿」の出来上がり。

以上ですが何か?


当ブログはリンクフリーです!!!
貼るのも剥がすのも自由ですが、粘着性が強いため、剥がすのは困難かと思われます
(*´∇`*)ホヘ~


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