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富山・越中国一宮・気多神社

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今日の神見大福



●旧越中国で縁結びの御利益がある一宮は前回紹介した高瀬神社だけではないんです。

●当時の国府に近い、一宮神社を紹介

●親を殺されない限り怒らないといわれるピックルが大激怒。その理由とは?



ついに呼び出されました。僕という人間をこの世で製造した人間(端的にいえば「生産者」)に

つまりはMy father なんだけど。


「オマエ コイ ハヤク」

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って感じの呼び出され方。しかも、僕が行くんじゃなくて親がワザワザ東北から東京まで来るってんだからその本気度が伺えますね。


今までは、相手になるべく不快感を与えずに断る万能言葉として有名な「やんごとなき理由により」を使っていたんだけど、すでにこの言葉は3回も消化。

さすがにね・・・4回目はねぇなーと。


後は、「親が危篤ですぐに地元に帰らなければいけないんです」って理由が1回ぐらい使えるんだけど、呼び出しているのがその「親」と呼ばれるお方なので使えず、仕方ないから会うことにしたのです。


んで、親に会って居酒屋のテーブルで開口一番に言われたのは

「いつ結婚するの?」

「いつ子供を作るの?」

という予想通りの質問。ノストラダムスを使うまでもなかった。



まず、1番目の質問についてはそもそも女性が僕を視界に入れていないってところから考えると可能性は低い。

偽装結婚とか結婚詐欺とか、どちらにせよ法に触れる「結婚」のほうがまだ現実味がありそう。



2番目の質問については「結果(子供)」よりも「過程(隠語)」を重視している都合上、こちらも可能性は低い。

僕の持つ


富岡SEISHI工場(隠語)


はフル稼働させる準備は整っているんだけど、いかんせん稼働率が低い。このままだと倒産寸前なわけです。『工場』の工員たちが汗水垂らして生産した種。いわゆる


チャイルドシード


ってやつですか?(シートじゃなくてシード(種)の方ね)。チャイルドシートと同じように


クッション性は抜群


だと思うのでニトリの家具感覚で未来のマイ・ハニーにゲットしてもらえれば何も言いません(撲殺)。


そんなことを頭に思い浮かべながら、いつ終わるともしれない説教を黙って聞くわけですが、ここで伝家の宝刀


「続きはWEBで」


ってボタンがテーブルの上にあればすぐにでも押したかった。



ただ、せっかく東北から来て下さっているので無下に聞くわけにもいかず、更には続きをWEBで見る気も更々ないので、黙って説教を聞いていましたとさ。ごめんよお父さん。

こういうのを書いていると


「ピックル君が女性との出会いがない理由も分かってきたよ」


って突っ込みの一つも来そうなんだけど、普段は真面目なんですよ僕も。ブログでははっちゃけているだけであって。近所でも「聡明なピックル君」で通ってますからね。だから、その「聡明なピックル君」に免じてヒト科の雌の方を一人紹介していただけないでしょうか?神様

という悲壮感を漂わせながら参拝したのが、北陸地方を代表する縁結びの神社。

富山県にある越中国一宮・気多神社です。




1.基本情報



気多神社(けたじんじゃ)

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●所在地:富山県高岡市伏木一宮1-10-1
●主祭神:大己貴命、奴奈加波比売命
●社格:式内社(小)・越中国一宮・旧県社
●創建:西暦 757年
●最寄り駅:JR氷見線「伏木駅」または「越中国分駅」(徒歩15~20分)
●御朱印対応:あり(ただし、普段は書置きのみの対応)

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2.アクセス



気多(けた)神社の最寄り駅は二つあります。

一つ目は越中国分駅。二つ目は伏木駅。この二つの駅の真ん中あたりに位置するのが今日紹介する気多神社です。


この二つの駅は富山県の高岡駅から氷見駅を結ぶ「氷見線」と呼ばれるローカル線にある駅。

前回紹介した高瀬神社の最寄り駅(福野駅)に通じる城端線。その城端線と始発の駅(高岡駅)は一緒なんだけど、逆方向にいく路線が氷見線です。

注意しなければいけない点は城端線と氷見線は車両が全く一緒ということ。

氷見線、城端線


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参考記事:高瀬神社 アクセス


なので、高岡駅で

「遅刻♪遅刻♪」と言いながら、何も考えずにのんきに車両に乗ると全く別の方向に行ってしまうというThe most 不測の事態に陥る可能性もあるので要注意ですね。


さて、このローカル路線の氷見線なんだけど沿線上に学校が多いのか、かなりの数の学生さんが利用する路線でもあるんですよね。

車両の中は若いピチピチの高校生(肌年齢から判断)だらけ。そんな中40リットルのリュックサックを背負ったオッサン(僕)が一人という状況下。

「おーい!3年A組集まれー」
っていう先生の後ろを

「はーい♪」

ってついて行っても違和感感じないかもしれない。「あれ?うちのクラスって副担任いたっけ?」みたいな違和感ぐらいで済むかもしれない。それぐらい学生多かった(笑)



【越中国分駅】

高岡駅から4駅で着くのがこの越中国分駅。ここから徒歩15分で気多神社に辿り着くことが出来ます。
多くのガイドブックで気多神社の最寄り駅に設定されているのがこの駅です。

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越中国分駅は無人駅。かつて旧越中国の国府が置かれていた場所の近くにあったので、この駅名になったんだとか。

国府
日本の奈良時代から平安時代に、令制国の国司が政務を執る施設(国庁)が置かれた都市


ホームからは富山湾を一望することが出来るので、旅のアクセントとしては最高。

ちなみに、この駅の近くにはタクシー会社などは存在しないので、気多神社までは徒歩で行くことになります。



【伏木駅】

高岡駅から3駅。先ほどの越中国分駅の隣の駅として建っている駅です。ここから徒歩20分で気多神社に辿り着くことが出来ます。

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この伏木駅は比較的大きな駅で近くには商店街もあったり、伏木富山港があったりと高岡市の中でも比較的大きな町になるのでタクシーを利用したいとか、朝食を食してなくてGo Go Heven状態なんです・・・というときに重宝したい駅ではあります。

ただ、僕が参拝した当日、伏木駅の周りで朝食サービスやってる店は皆無でしたけどね(笑)。
戦争は終わったんだ。店長帰ってこーい!死ぬ!朝食食べれなくて死ぬ。


その事実を知らずに駅に辿り着いた僕。

相当な空腹の中、炎天下の参道(別名:地球の暴力)を歩くことになり「いっそのこと殺してくれー」と叫びたくなったのは仕様。

なんせ、高岡駅から遠く離れた田舎の町なのでコンビニもほとんどない・・・40リットルのリュックサックに荷物をパンパンに詰め込みながら歩いているもんだから、数回ぐらい涅槃に逝きそうになった(笑)

越中国分駅と比べると気多神社までの距離は数百mほど長くなるけど、それでも便利さで言ったらまだ伏木駅の方に軍配はあがるかな?って感じです。

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3.境内図



気多神社 境内図

↑クリックすると大きくなります。
(一宮巡拝会の境内図に加筆)

気多神社は越中国の国府があった場所のすぐ近くにある標高100mぐらいの小高い山の中に鎮座しています。

なので、参拝の際にはちょっとした登山になるのは仕様。

事実、拝殿に行くまでには長い階段を登らなければいけなくて、これが夏の暑さと相まって意外にキツいんですよ。

去年のお盆に参拝したんだけど、首回りに巻いていたタオルを2回ぐらい絞って汗がポタポタと出るぐらい汗をかいたので夏場の参拝は想像以上に辛い( ノД`)。

境内には奈良時代の歌人として有名な大伴家持に関する顕彰碑と、家持が詠んだ歌にちなんだ奇石もあったり、越中国の総社跡があったりと、一宮神社らしい歴史のある見所スポットがあるのが特徴ですね。

そんな気多神社の境内(鳥居~本殿)を動画に撮ってみたので参考までにどうぞ!



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4.清泉、手水舎、鳥居



【清泉】

参道を歩くとまず最初に見えてくるのが「気多神社の清泉」という湧き水。
古くから神事の水として、または禊(みそぎ)の水として使われてきた天然水です。

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ただ、自然湧き水なのでそのままマチュピチュ、マチュピチュと飲むと、下痢が

「プリウス!」

と噴出するらしいので注意が必要。
(煮沸させてから飲む必要があります)



【手水舎】

清泉の隣には手水舎。

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清泉と同じ天然の湧き水からひいているので、「神事の水」として利用しているものと同じもので禊が出来ます。

規模は小さいのでここが神社の手水舎と気づかず参拝する人が多いらしいけど、縁結びの御利益を100%もらいたければ「郷に入っては郷に従え」できちんとここで禊をするのがベターですね。



【社号碑・鳥居】

手水舎で禊をした後、更に道路に沿って進むと道が二股に分かれているのが見えてきます。

左は神社に通じる階段。右は山奥へ行くための道路となっています。

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当然ながら右に行くと「御朱印ガール」から「山ガール」へと変貌を遂げてしまうので、気多神社へと行く際には左の階段を利用してくださいね。


少し長い階段を昇ると見えてくるのがこの石造りの神明鳥居。ここをくぐるといよいよ気多神社の神域です。

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5.参道、神馬 、狛犬



【参道】

鳥居をくぐると俗界とは違う空気に満ちていることが嫌でもわかります。

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参拝客は多くないので、「咳をしても一人」状態。清廉な空気を鼻孔から肺に入れると洋々とした気持ちにすらなれるんですよ。

この日は滅茶苦茶暑い日だったんだけど、この参道の中だけではどことなく涼しく、セミと鳥の鳴き声が都会の喧騒の中で暮らしていた僕に「自然」を思い出させてくれました。

この秋霜烈日な環境があるから神社巡りはやめられない。



【神馬像】

参道の中頃にあるのがこの神馬像。形に特徴はなくて、よくある神馬像っていう印象ですね。
神馬像の腹の部分には気多神社の神紋となっている剣梅鉢の紋様。

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【狛犬】

狛犬は拝殿の前に一対。こちらも形に特徴はなくて東日本にある標準的な狛犬ですね。

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6. 拝殿、本殿



【拝殿】

長い参道と階段を昇った先にあるのが拝殿。最寄り駅からここまで来るのに本当に疲れた・・・

本殿とは違い、拝殿は比較的最近造られたもので、左右が回廊のように横長になった特徴のある構造。

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明治時代の写真を見ると違いは一目瞭然。後術するけど本殿はかなりの歴史がある建物なんだけど拝殿は何故か最近新しく建てられたもので、この辺の経緯は調べても不明でした。

気多神社 明治時代



拝殿の前には気多神社の氏子さんが植えたとされる杉の木があります。この杉の木の周辺が神社関連の行事をするときの集合場所で、杉の木自体が御神木として重宝されています。

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【本殿】

気多神社で最も目を惹くのがこの本殿。

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これだけ風格のある木造建築物が富山という豪雪地帯で存在しているのが凄いです


昔の人の仕事と、それを支える現代の人々の努力の結晶。スペインのサクラダなんちゃらにも通じる、文化財を愛する日本人の偉業とも言えますね。


とにかく、夏の暑い日差しの中、参拝するのに苦労に苦労を重ねた甲斐はこの本殿を見るためだったといっても過言ではない。


これだけインパクトのある本殿をお目にかかれるんだったら気温が40℃でも行ってやるわと思いましたよ。
二、三度涅槃に旅立っても悔いはないわとも思ったね。

その度に男塾のキャラクターみたいに素知らぬ顔で復活してやるから。

あっ、嘘・・・せめて30℃ぐらいで・・・


本殿は三間社流造り、こけら葺の構造で、西暦1560年ぐらいに再建されたものが現存しています。


なんと、今から約450年前ですよ!


皆さん知っての通り、富山県は日本屈指の豪雪地帯。2,3mの積雪は当たり前(僕の会社にいる富山県出身の先輩曰く)。


僕も北東北出身なので、雪の恐ろしさは重々承知なんだけど、2、3mの積雪を放っておいたら自転車置き場の屋根とかがつぶれちゃうぐらいの威力なんですよね。そんな地域で450年もの長きに渡って木造の建築物を保存し続けるってのは並大抵の努力では達成できません。


北国出身の人だったら、X JapanのYOSHIKIみたいに縦に激しく首を振って同意してくれるはず。

その価値が認められたのか、昭和6年に国の重要文化財にも指定された本殿なんです。

このように長い歴史を持つ本殿なので、見どころも沢山。


まずは、本殿に掲げられている二つの扁額(へんがく)

一つ目の扁額は「一宮」と大きく書かれたもの。

一宮 扁額


これを書いたのがあの有名な空海(774~835)(別名:弘法大使)ってんだから驚きです。

空海




二つ目の扁額は先ほどの「一宮」の扁額の奥にあるもので「気多大社」と書かれたもの。

気多神社 扁額2

これを書いたのは平安時代中期の能書家で藤原行成(972~1027)。本殿をよーく見ると、この扁額を発見することが出来ると思います。

藤原行成




更に、本殿の柱をよーく見ると、二つ大きな穴が空いていることがわかります。

痕跡

痕跡 拡大


これは平安時代末期に鎌倉幕府を創設した源頼朝に追われた源義経と行動を共にした武蔵坊弁慶が、気多神社に立ち寄った際に、あろうことか拳で傷つけちゃった跡らしく、それが現在に至っても残っているというわけ。

武蔵坊弁慶



いやいや、何してんねん弁慶 (;^ω^)


さっき僕が本殿を見て


>昔の人の仕事と、それを支える現代の人々の努力の結晶。スペインのサクラダなんちゃらにも通じる、文化財を愛する日本人の偉業とも言えますね。


って書いたのに台無しじゃないかと。


漫画「ブラックジャック創作秘話」に出てくる秋田書店の編集者:青木さんのような


究極の壁ドン

究極の壁ドン



を神社の本殿にしちゃってるんですよ。「手塚治虫のクソ野郎がー!」って叫びながら壁を殴るあの編集者とイーブン。だから「何してんねん弁慶」なんですよね(笑)

そんな神をも恐れぬ大胆な行動をしておきながら、壁ドンをした理由はいまだに不明。計画性の有無が裁判の焦点になりそうです(by 安藤優子)

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7.御祭神



気多神社の御祭神は

大国主命(おおくにぬしのみこと)と奴奈加波比売命(ぬなかわひめのみこと)の二柱です。


【大国主命(おおくにぬしのみこと)】

大国主命


伊勢神宮とならんで

「死ぬまでに一度は参拝したい神社」

に挙げられる出雲大社の御祭神と同じ神様です。



この神様に関連するエピソードで特に有名なのが「因幡の白兎」でしょう。

三種の神器の一つ「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」を見つけたスサノオの子孫であった大国主命は、絶世の美女とされた八上比売に求婚する兄弟神の八十神(やそかみ)たちから下僕にされながら因幡(いなば)にいる八上比売の元に向かう途中で、気多岬(けたみさき)で泣いている白兎を発見。


白兎から話を聞いてみると、ある島からワニをだましてやってきたけど、ワニにウソがばれ、毛皮を全て剥かれて丸裸にされたと話す。

因幡の白兎




実は、大国主命に会う前に、大国主命の兄たちにも会っていた白兎


(インディアンでも頭の皮を剥いだ段階で終わりにするのに全身の皮を剥かれるなんて・・・よく生きてるな・・・そうだ、ひと思いに楽にさせてやろう)


そんな考えが兄たちのサディスティックな心に火をつけたのかもしれない。



下衆顔

大国主命の兄たち「潮水を浴びて体を乾かせば治るぜボーイ」



白兎「これぞ天祐!ありがとうございます」



律儀にその助言に従ってしまった白兎。

「泣きっ面に蜂」ならぬ、

「泣きっ面に顔射」

とはまさにこのこと。
当然ながら激痛に襲われてしまいます。



見かねた大国主命は

大国主命「真水で体を洗い、蒲(がま)の花粉をまいて、その上で寝ていれば傷はよくなる」

と教え、白兎は見事回復します。


白兎は

「兄弟から低く見られている貴方ですが、あなたが絶世の美女こと八上比売をめとるでしょう」


と予言。その後、大国主命の優しさに惹かれた八上比売は兄たちよりも大国主命を選び結婚することになります。


一見すると兄たちの極悪非道っぷりばかりがフォーカスされるかもしれないエピソードではあるけど、白兎が実は神獣で、大国主命を後の大偉業へとつなげる一助を果たしたと考えると重要なエピソードだと思うんですよね。


その後、大国主命はスサノオの命を受けて、現在の出雲地方の宇迦の山麓に宮を設け、国造りに着手します。

このことから大国主命は「国造りの神様」としても有名です。


更に、在地の女神をめとって平定する国土拡大も行ったことから、相当モテモテの神様だったことも伺えます。


日本神話有数の超リア充神


と端的に言えばいいでしょうか。しかも、自分からアクションを仕掛けるよりも、女性の方から求婚されるぐらいのモテモテっぷり。今でいうところのジャニーズとかK-POPアイドルとかそのぐらいの人気だったんじゃないかな?と思います。


まぁ、僕には関係ない話なんですけどね( ノД`)シクシク…




【奴奈加波比売命(ぬなかわひめのみこと)】

日本神話を代表する超リア充神:大国主命が求婚した女性の神様です。

沼河比売


大国主命は超モテモテだったので多くの女神と結婚していたんだけど


「賢く美しい妻が欲しい」


といって、妻がいるのにも関わらず、この北陸地方にワザワザ来て、そこの女神であった奴奈加波比売命と結ばれたエピソードが日本神話で描かれています。

北陸地方では奴奈加波比売命を祀っている神社が数多く存在します。逆に、北陸地方以外ではなかなか耳にすることはない神様かもしれませんね。

御利益は安産、縁結びなど。大国主命と御利益が共通しているところもあります。


とまぁ、ここまで書いて世の男性は思ったことでしょう・・・大国主命に対して。


この贅沢野郎がぁぁぁ!!!


と。日本人男性はどんなに不平不満があろうが結婚できる女性は一人なんです。「もっと優しい妻が欲しい」、「夜に乱れる妻が良かった」とか願っても贅沢は言えないわけです。


それをこのイケメン野郎(大国主命)は

「賢くて美しい女性と結婚したいな」

と言ってワザワザ北陸地方まで来たんです。妻がいるのにも関わらず(←ここ重要)

まぁ、なんという行動力なんだろうか(笑)。そして見事、奴奈加波比売命を妻としてゲットするわけなんですよ。


ちなみに、参考までに現在の道で大国主命を祀っている代表的な神社:出雲大社と、今回紹介しているこの気多神社までの距離を測ってみると

560㎞!!

出雲から越中までの距離


徒歩で行くと丸4日かかる計算です。


「妻を探して150里(約580km)」


とか物語出来そうな感じ。前々から日本神話ってスケールでけぇなーと思ってたんだけど、ここまで凄いエピソードがあったとは、昔の人の行動力おそるべしですね。

そうか!僕も好きな人が遠方にいたら500㎞ぐらい歩いて「貴方のことが好きだからぁぁぁ!」(by 101回目のプロポーズ)と告白すれば彼女ゲットも近いということでしょうか。

うぉぉぉぉ!参考になりましたよ気多神社(ぇ

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8.神社解説



気多神社の創建は西暦757年。

越中国の一宮は高瀬神社、射水神社、雄山神社に加えて、今回紹介している気多神社の4社があるんだけど、4つの一宮の中で一番新しく出来たのが気多神社です。

実は、元々越中国の一宮は石川県にある気多大社だったんだけど、757年に朝廷の命令で、越中国(現在の富山県)から、現在の石川県北部に相当する部分が能登国として分離されます。

それによって、越中国の一宮であった気多大社が能登国の領土の中に入ってしまうことになり、気多大社はそのまま能登国の一宮になってしまったことで越中国の一宮がなくなってしまいます。


旧越中国


越中国、能登国



一宮を取られた越中国はパニック状態に



越中国「ちょ、朝廷さん!!一宮があるところを分離させたら一宮がなくなっちゃうじゃないですか」


そこんところは朝廷も考えていたみたいで。

朝廷「お前(越中国)のところの二宮(一宮の次に格が高い神社)を一宮に昇格させればいいじゃん」



越中国には二宮として射水神社があり、それを昇格させて一宮とすることで越中国の一宮問題は万事解決!と思われました。


≪射水神社≫

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しかし、気多大社(旧越中国一宮)と射水神社(新越中国一宮)では祀っている神様が異なることが問題となりました。


越中国「気多大社の大国主命をこっちでも祀りたい」


という願いから、気多大社の越中国支店みたいな形で気多大社を勧請して出来たのが今回紹介している気多神社です。


しかも、越中国の国府に近いところに鎮座し、かつての一宮である気多大社と同じ神様を祀っていたことで気多神社の勢力が増大。せっかく一宮に昇格した射水神社はこの勢力争いに敗れ一宮の座を気多神社に明け渡すことになります。


当然面白くないのがせっかく一宮に昇格した射水神社


射水神社「生え抜きの我々を存外に扱って、天下りの気多神社を重宝するとはどういうことだ」


という


小説「華麗なる一族」における大同銀行の三雲頭取(天下り派)と綿貫専務(生え抜き派)の骨肉の争い


が越中国で行われていたと考えれば想像しやすい。

そこで生え抜き派(射水神社)の『クーデター』が成功していれば「華麗なる一族」と同じ展開になったんだけど、事実は小説よりも奇なりの如く、再び射水神社が気多神社に代わって一宮の座をつかむことはなかったといわれています。


そんな気多神社も戦乱の影響で何度か本殿を焼失した歴史を持っています。

1183年に木曾義仲の挙兵により兵火で本殿が焼失。再建するけど、天文年間(1532~1555)の上杉謙信の兵火で再び本殿が焼失します。

日本の神社ってこういう戦乱の影響から本殿が焼失ってところが結構多いんだけどこの気多神社も例外ではありませんでした。

現在の本殿は加賀藩主:前田利常が1560年頃に再建したもので、この頃に造られた本殿が現存しています。室町時代の特徴を今に残すものとしてこの本殿は昭和6年に国の重要文化財に指定されています。

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9.大伴家持に関連するスポット



奈良時代に活躍した歌人:大伴家持

大伴家持


「万葉集」の編纂にも関わったことで、中学校の歴史や国語の授業でも取り上げられるぐらいの有名人ですね。


その大伴家持は746年から751年の5年間、越中国の国守として越中の地(現在の富山県)に滞在した時期があります。

富山県の美しい自然の中で数多くの優れた歌を詠んだとされ、万葉集におさめられた479首のうち220首を越中国・国守の在任中に詠んだぐらい大伴家持と富山県の繋がりは深いんです。


そんな大伴家持が特に感銘を受けていたのが

二上山、立山、布勢の水海

の3つのスポット


「布勢の水海」はいわゆる湖で、現在では土地の隆起や川の土砂の堆積などによってほとんど残っていないため、大伴家持が感激したとされる光景を見ることはできません
( ノД`)シクシク…

そんな大伴家持が感銘を受けた3つのスポットを表現した奇石が気多神社にはあるんです。

それが「越中三賦象型石」と呼ばれる3つの奇石です(写真の赤い矢印の先に、その奇石があります)

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まず、「立山」を現した奇石。

立山は標高3000m越えの日本百名山のうちの一つ。大きな山を現すにしては石のサイズがちょっと小さいかな?という印象。

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立山



次に、「二上山」を現した奇石。

二上山は気多神社の近くにある標高259mの山で、大和の地にも二上山と呼ばれる山があったことから大伴家持が特に気に入っていた山です。横長に広がる山を表現していて、割と再現度は高い。

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二上山



最後に「布勢の水海」。

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これは先ほども説明した通り、現在では見ることが出来ないスポットなので

「こういうもんか・・・」と想像することしかできませんね。

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10.越中国総社があったとされる場所



気多神社は越中国(現在の富山県)の国府の近くに鎮座していることから、越中国の総社が気多神社の境内に鎮座していたと伝えられています。

総社
律令国内の有力諸社の神霊を国府の近くに集めて祀るために造られた神社



現在は社殿などはなく、総社の跡地が残るのみです。

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かつてこの場所で国司が越中国の国府に到着した際、この総社跡地で着任の儀礼が行われたとされています。
何もない場所なので素通りする人も多いと思うんだけど歴史的には重要な場所ですね。

総社跡地近くには気多神社のもう一つの入り口も存在します。鳥居はなく二本の柱に注連縄を張り巡らせただけのシンプルなもの。


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ただ、ここから境内に入る人はそんなに多くないかな?という印象。

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11.その他の見どころスポット



【参集殿】
拝殿の右隣にある建物。御祈祷を受ける際の待合室みたいなところですね。

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【御輿堂】
祭の時に使用する御輿をおさめている建物。拝殿の左隣にあります。

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【拝受殿】
後術する摂社・大伴神社の左隣にある建物。最初は神饌所かな?と思ったんだけど周辺にあった解説板によると、かつては拝受所として建てられた建物だということが分かりました。

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お守りなどは社務所で対応していることから現在は何の機能も持たなくなった建物という位置づけになりますね。

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12. 摂社:大伴神社



拝殿の左隣にある摂社。気多神社の摂社はこの大伴神社だけです。

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歴史は比較的新しくて昭和60年の鎮座。名前の通り富山県とも繋がりがある奈良時代の歌人:大伴家持を祀っています。

大伴家持は遺骨や遺品がないので、生誕の地である奈良、越中国庁跡、越中国守館跡、最後の地である多賀城、遺骨が流された隠岐の5カ所の土を壺に入れたものを神体としています。

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13.御朱印をもらう・・・その時事件が!



気多神社の御朱印は社務所で対応しています。

社務所は神社の境内の手前にあって分かりづらいんだけど、看板が出ているので注意してみれば社務所に辿り着けるんじゃないかな?と思います。

社務所の場所

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んで、気多神社の御朱印なんだけど


基本は書置きでの対応!


になります。でも、一宮専用の御朱印帳の場合B5サイズの大判になるので御朱印帳のサイズに対して、御朱印が書かれた半紙のサイズが小さい可能性もあったんです。出来れば御朱印帳に直接書いて欲しかったので、参拝する1週間前に電話して相談してみたら


「御朱印を直接書くのは問題ないですよ。では、午前10時30分頃に来ていただけますでしょうか」


と快諾していただき、ほっと一安心していたんです。

でも、参拝一週間前の電話だったので、念のために二日目と前日にも電話を入れて、参拝当日の10時30分きっかりに社務所にお邪魔しました。


インターホンを鳴らして、

僕「あのー、昨日電話で御朱印対応をお願いしていたピックル(当然ここでは本名を名乗った)と言いますが」


というと、中から


「はいー、どうぞ。あっ、じゃぁそこの扉開けてくださいな」

と言われたので社務所の扉を開けようとしたら、なんか固い・・・あれ?扉の立て付けが悪いのかな?と思って、えい!えい!って力任せに扉をスライドさせようとしたら。



「ちょっと!ちょっと!何やってんのアンタ!扉に鍵かかってんだから無理やり開けようとしないでよ!!!」



と神社の方が大激怒

えぇ?!だって貴方が扉開けろって言ったんじゃん!とビックリする僕に、立て続けに怒号を浴びせる神社の方。



「貴方ねぇ、普通鍵かかってる扉を無理やり開けようとする?扉壊れるでしょ!もう、力任せに開けようとして・・・常識ないの?貴方」

とか

「貴方ねぇ、こういうことをする方だから色んなところで迷惑かけてそうね。大体ねぇうちの神社は・・・ほら、御朱印は書置きでお願いしますねって丁寧に書いているでしょ?それを何?突然押しかけて御朱印帳に書いてください?随分自分勝手な人ねぇ」


とか、ありとあらゆる罵声を僕に浴びせてくるんです。人格否定まで入ってきた(笑)

でも、ちょっと整理してみようか。



①事前に3回も電話して、時間も決めて、予約した人間が訪問しています。早めに来たり、遅く来たりということはしていない。約束の時間にきちんと来ている

②インターホンを鳴らして「御朱印対応をお願いしていたピックルです」と名乗っている。

③僕に「扉に鍵かかってんだろうが!」と罵声を浴びせている人が、最初に「はいどうぞ、扉を開けてください」って言ってる




僕、そんなに悪いことした?!ねぇ、悪いことした?!


まぁ、基本は書置きでの対応をしている神社に対して、御朱印帳に直接書いてくださいっていう無理筋なお願いをしている僕にも一寸の問題はあるかもしれないけど、ここまで事前に丁寧な対応をしているので怒られる理由はないと思うんですよね。突然押しかけるようなこともしていないし。


だけど、神社で


僕「ぐらぁ!!!てめぇが扉開けろって言ったから開けようとしただけじゃねぇか!!」


って怒り狂ってこの神聖な土地の雰囲気を壊すのもどうかな?と思って、必死に怒りを抑えていました。

後ろで御朱印をもらおうとしていた女性がオロオロしていたってのもあったので。


でもね・・・

内心はハラワタ煮えくり返っていましたけどね!ね!ね!


今この原稿書きながらPCのモニターをパンチしたくなるほどだもん(笑)


そこまで苦労してもらった御朱印がこちら

img079.jpg



あれほど怒り狂っていた神社の方が書いたにしてはもの凄く丁寧な御朱印です。正直、もらうまでは「馬鹿!死ね!」とか書かれるんじゃないかと思ってビクビクしていたんだけど、そこまで器の小さい人ではなかったみたいで一安心しました。

初穂料は300円。

現時点で僕をここまで怒らせた神社はこの気多神社しかありませんね。神社の雰囲気が最高だっただけに、この社務所の対応は残念でした・・・

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14.Googleマップ





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今日のまとめ



●越中国の一宮の中では最も新しく出来た神社。越中国の西半分が能登国として分離した際に一宮神社が空席となったことから誕生した神社。

●境内には総社跡や奈良時代を代表する歌人:大伴家持に関する奇石もあり、見どころは多い

●御朱印は基本は書置きでの対応になります。




次回の神見大福は?



●旧越中国の一宮の中でも特に大きい規模を持つ神社を紹介。

●この神社の雰囲気は最高だけど、最寄り駅の雰囲気はもっと最高。

●この神社は規模がデカいので3部作で紹介します。次回は3部作のうちのPart1です。



次回も読んでいただけると幸甚。

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コメント

愛美

再開してる(◍•ᴗ•◍)♡ ✧*。

相変わらずいかれている文章・・・じゃなくて素晴らしい文章ですねぇ
神社を取り上げたブログとは思えないほどです!笑!
((o(>▽<)o)) きゃははっ♪

御朱印をもらっただけでトラブルに巻き込まれるところがすごいなぁって
(o´艸`)ムフフ

-

全然更新していないけど、もう飽きた?(笑)
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ピックル

性別:あるよ

年齢:「ゆりかご」から「墓場」の間(30代)

血液型:輸血の時駆けつけてくれる人だけに教えますが、大体はソ連A型か、香港A型だよね。

鼻毛:たまにでしゃばる

体質:非暴力・非抵抗を貫いているせいか、いつもウイルスの侵攻を許してしまい風邪を引きやすい。怠惰なT細胞よ、大志を抱け。

憧れるシチュエーション:バブル期のB級恋愛映画のようなメロドラマ

将来の夢:爪を甘噛みするのが男性のたしなみとなっている世界の創造。

最近の悩み:心のEDにかかってるのか、常にローテンション(略してローション)

生産者:武骨なチチと、クレイジーマザー。どちらも東北原産。

趣味:映画鑑賞(年間200本は見る)。将棋(一応、弐段)

それと・・・本ブログで書かせていただく御朱印巡りです。最近は諸国一宮巡りにはまっています。


友達にはよく「馬」と言われます。
目上の人にはよく「鹿」と言われます。

縦に読めばなんと「馬鹿」の出来上がり。

以上ですが何か?


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貼るのも剥がすのも自由ですが、粘着性が強いため、剥がすのは困難かと思われます
(*´∇`*)ホヘ~


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